ガラガラガラ——。
教室の前の引き戸が開き、そこからひとりの男が現れた。太っているわけでも痩せているわけでもないのだが、やたら背は高い。190cmは超していそうだ。その場にいた全員が圧倒された。
男は真ん中の教壇まで進んだ。
「座れ」
彼は短く言った。表情は無表情、言い方は偉そう。この男は先生なのかどうなのか、不安が教室中に広がる。静まり返った中、椅子をひく音だけがあちこちから聞こえた。その音がひとしきりおさまったところで、教壇の男が口を開いた。
「私がここの担任をすることになったラウル=インバースだ。本職は王宮医師だが、ここの教員が足りないということで駆り出された」
みんながただ驚いている中、ジークは机にひじをついた姿勢で顔をしかめていた。
「医者にセンセイやらせるなんて、ここも案外いい加減だな」
ぼそりと独り言のつもりでつぶやいたが、静まり返った空間には十分すぎるほど響いた。それをきっかけに教室がざわめき始めた。お互い隣どうしで顔を見合わせ、「そうだよな」など口々に言い合っている。リックはジークが起こした騒ぎに困惑したような複雑な表情を浮かべていた。
ラウルと名乗った男は、ただ無表情でそこにいた。
——ダン!!
意外なところから机を叩く音がした。
「なんにも知らないじゃない!! ラウルはすごいんだから!! 私たち全員が束になってかかったって全然かなわないよ!」
いちばん前の席のアンジェリカが、後ろを振り返りながら力説した。みんながあっけにとられていると、アンジェリカは前に向き直り、ラウルに怒りをぶつけた。
「ラウルも! どうして反論しないの!」
ラウルはいたって冷静に、静かに言った。
「私が気に入らないというヤツはやめればいい。それだけだ」
その横柄な態度にジークはムッときていた。自分の態度は横柄だが他人の横柄な態度は許せないという、かなり自己中心的な性格である。ふと、ジークはなにかを思い立ったようで、口の片端をつり上げた企みの笑みを見せた。
「実力の程を、確かめさせてもらおうか」
そう言うと、軽快に机の上に飛び乗り、そのまま戦闘体制に入った。高まるジークの魔導に、周りの空気は渦を巻き始める。
「バカ!! こんなところでなにを始めるの!!」
アンジェリカが大声で叫び止めに入ろうとした。が、ラウルに後ろからひょいと抱えられてしまった。
「ラウル!」
「いいからおとなしくここにいろ」
アンジェリカはラウルの後ろに降ろされた。心配そうな顔をしつつも、おとなしくラウルの言う通りに従っている。強気な彼女にしてはめずらしかった。
リックはジークがが本気だということを感じ取り、急いで周りの人間を避難させる。自分では彼を止められないということはわかっていたので、こういうときはサポートにまわるしかなかった。なるべく被害を最小限に抑えるため、他の生徒たちと力を合わせて、教室の壁に沿って結界を張った。
緊張感ぶつかりあう中、ジークの魔力が最高潮に達した。次の瞬間、ジークの伸ばされた両腕の先の手のひらから、大きな熱い光球が飛び出す。それはまったく無防備に突っ立っているラウルに、猛スピードで目掛けて行く。