遠くの光に踵を上げて

第71話 一緒にいたい

 リックは居心地の悪さを感じていた。その原因はジークとアンジェリカである。ふたりはまだ休日前の言い合いを引きずっているようだった。まったく口をきかないということはなかったが、ときどき交わす言葉はぎこちなく、その間には妙な緊張感が漂っていた。互いに思いつめた表情を浮かべ、何か機会をうかがっているように見えた。
 リックにはそれがもどかしかった。よほどおせっかいを焼こうかと思ったが、ふたりで解決すべき問題だと思い直し、この空気に耐えることにした。

「アンジェリカ」
 放課後になり、ジークはようやく切り出した。いつになく固いその声に、彼女はびくりとした。だが、それを悟られないよう平常を装った。
「……なに?」
「話がある。ちょっと付き合ってくれ」
 ジークは視線を外し、ぶっきらぼうに言った。アンジェリカは、彼の横顔を見上げた。
「私も、話があるの」
「あ、ああ……」
 ジークは彼女に背を向け、口ごもりながら返事をした。
 リックはにこにことして、その様子を見守っていた。ジークはそれに気がつくと、後ろから乱暴に彼の首に腕をまわした。そして、ぐっと力をこめ、首を絞めるようにして耳打ちした。
「おまえ、ついて来るなよ。絶対に、来るんじゃねぇぞ」
「そんな野暮なことはしないよ」
 リックは苦しそうに笑いながら、声をひそめて言った。
「おまえには覗きの前科があるからな。クギ刺しとかねぇと」
「人聞きの悪いこと言わないでよ。あれは出ていくタイミングが掴めなかっただけだって」
 以前、ジークとセリカが話しているときに、リックがこっそりと隠れて聞いていたことがあった。ジークは、そのときのことをまだ根に持っているようだった。大雑把な性格のわりには、細かいことをいつまでも覚えている。リックは苦笑いした。
「とにかく、来るんじゃねぇぞ」
 ジークはもういちど念押しすると、リックを解放した。そして、ポケットに両手を突っ込むと、アンジェリカの前を足早に横切った。
「行くぞ、アンジェリカ」
 扉に手を掛けると、後ろでぼんやりしていた彼女に声を掛けた。
「あ、うん」
 アンジェリカは小走りで彼のあとを追っていった。

 ふたりはアカデミーを出て、無言で歩き続けた。ジークはポケットに手を突っ込んだまま、無表情で歩を進める。アンジェリカは、彼がどこへ向かっているのか気になったが、尋ねることはできなかった。

 突然、視界が広がり、風が吹き上げた。
 アンジェリカは短いスカートを押さえながら、ぐるりと見渡した。
「ここって……前に来たところね」
 下方に広がる白い川原と透明なせせらぎ。上方に広がる青い空。それらが交わる場所を、沈みゆく太陽が朱色に染め上げている。細やかに揺れる水面がきらきらと輝きを放ち、緩やかな流れがさらさらと上品な音を立てている。
「覚えてたのか」
 ジークは薄汚れたガードパイプに手を掛け、振り返った。
「忘れるわけないじゃない」
 彼女も並んでガードパイプに手を置いた。にっこり笑って彼を見上げる。
「試験中だったのに、ジークに言いくるめられて連れてこられたのよね」
「言いくるめてって何だよ」
 ジークは少し頬を赤らめながら言い返した。
「あのときは確か、ふたりとも転んで水をかぶって……」
 アンジェリカはそこまで言うと、急にうつむき口をつぐんだ。ジークも同じようにうつむいた。ガードパイプに掛けた手に、ぐっと力を込める。そして、川原へと続く石段を無言で降り始めた。アンジェリカも黙ってそのあとに続いた。
「座れよ」
 ジークは下から二段目の石段に腰を下ろすと、その隣をパンパンと叩いた。アンジェリカはこくりと頷くと、スカートの後ろを押さえながら素直に座った。しかし、そこは二人が並んで座るには狭い場所だった。少しでも動くと、腰や肩が触れてしまう。ふたりはぎこちなく体をこわばらせた。
「ジーク」
 アンジェリカは下を向き、膝を抱えたまま呼びかけた。彼は、視線だけを彼女に流した。
「私の話から聞いてほしいの。いい?」
「ん、ああ……」
 そういえば、彼女も話したいことがあると言っていた。ジークは自分のことに精一杯で、今まですっかり忘れていた。何の話だろうか、急に不安が湧き上がってきた。
 アンジェリカは意を決したように、ジークに振り向いて言った。
「ごめんなさい、わたし、うそつきなんてひどいことを言ってしまって」
「ああ、そのことか」
 ジークは前を向いたまま、固い声で言った。すぐ横に彼女の顔がある。近い。動くことも目を向けることもできない。
「別にそんな気にしてねぇよ。俺も悪かったし」
「本当に?」
 アンジェリカは首を伸ばし、さらに顔を近づけた。ほとんどジークの肩に寄りかかるような格好になっている。
「ああ」
 ジークは息が止まりそうになりながら、ようやくそれだけの返事をした。
「よかった」
 アンジェリカは短いスカートをひらめかせながら、軽やかに川原におりた。そして、後ろで手を組むと、くるりと振り返った。心のつかえがとれたように、屈託のない笑顔を見せている。
 ジークはほっと息をつき、少し疲れた顔で笑った。それから、斜め下に視線を落とすと、ぽつりと尋ねかけた。
「ひとつ、聞いてもいいか?」
「なに?」
「うそつきって、どういう意味で言ったんだ?」
「あ、それは……」
 アンジェリカは口ごもりながら目を伏せた。
「ひいおじいさまの話が……私とは関係ないって言ったから……」
 どこか不安定な表情で、自信なさげに訥々と言葉を落としていく。
「だよな、そうだよな」
 ジークは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。膝に腕をつき深くうなだれると、自嘲の表情を浮かべ、声なく笑った。
「じゃあ、次はジークの話」
 アンジェリカは明るい声を作り、少しあわてたように話題を切りかえた。
 ジークは体を起こし、まっすぐ彼女を見つめた。
「おまえがアカデミーに入学したのは、何のためだ」
「え?」
 アンジェリカは首をかしげ、怪訝に彼を見た。怖いくらいの真剣な顔。彼女は気圧されて息を呑んだ。とまどいながら話し始める。
「私のことを認めさせたかったから……。こんな髪で、こんな瞳だけど、私もラグランジェ家の人間だって、呪われた子なんかじゃないって、魔導の実力で証明したかった」
「証明して、どうするつもりだったんだ」
 ジークは彼女を見据え、静かに尋ねた。アンジェリカは困惑して眉をひそめた。
「どうするって、別に……。ただ、見返したかっただけよ」
 ジークは背中を丸め、大きくため息をついた。
「バカ。もっと考えてから行動しろよな」
「バカって何よ!」
 アンジェリカはカッとして言い返した。腰に手をあて、口をとがらせ、ジークを睨む。だが、彼はうつむいたまま、ぽつりと言った。
「証明……しちまったのかもしれねぇな」
「えっ?」
「認める気になったかって聞いたら、当たらずとも遠からずって言ってたぜ、あのジイさん」
 アンジェリカはきょとんとした。
「ひいおじいさまが……?」
「ああ」
「それってどういう意味かしら」
 ジークは目を細め、暮れかかった空を見上げた。
「おまえの魔導の実力だけは認めたってことかもな」
「…………」
 アンジェリカは複雑な表情で立ちつくした。後ろから風が吹き、黒髪をさらさらと舞い上げる。
 ジークは空を見つめたまま、眉根を寄せた。
「もうすぐ正式決定になるらしいぜ。おまえが本家を継ぐって話」
「……そう」
 彼女はたじろぎもせず、そのひとことだけを口にした。ジークはぐしゃぐしゃと頭を掻いた。
「だから、あれ、おまえが言ってたっていう遺伝子がどうとかって話、あれは違うんじゃねぇのか? もし異常があるんだとしたら、本家を継がせたりしねぇだろ」
 アンジェリカは大きく瞬きをした。
「リックに聞いたの?」
「ああ」
 確かに、口止めはしなかった。彼を責めることはできない。ただ、リックが口外するとは思わなかった。アンジェリカは何ともいえない顔で目を伏せた。
「心配してたぜ、あいつも」
 ジークはそう言ってリックをかばった。だが、その表情は浮かないものだった。
「……なんでリックなんだよ。俺ってそんな頼りねぇか?」
 アンジェリカは不思議そうに彼を見た。
「別に相談したわけじゃなくて、話の流れで言ってしまっただけなんだけど……」
「それにしてもだな」
 ジークはそこまで言うと、顔をしかめて自分の額を叩いた。
「悪りィ。言いたいのはそういうことじゃなくてだな、とにかくおまえはどこも悪くなんかねぇってことだ」
「ひいおじいさまたちが気づいていないだけ、かもしれないじゃない」
「そんなに抜けてるヤツじゃねぇだろ」
「……だったらいいんだけど」
 アンジェリカはあまり信じていない様子だった。後ろで手を組むと、敷き詰められた小石に踵を打ちつけた。ジャッ、と濁った和音を奏でる。
 ジークは、彼女の言動に不安を掻き立てられた。
「おまえは望んでねぇんだろ、本家を継ぐなんてこと」
 少し早口で尋ねかける。アンジェリカは目を細め、じっと彼を見つめた。
「……昔は、望んでいたかもしれない」
 不安は現実になった。後頭部を殴られたかのような衝撃。一瞬、めまいがして目の前が暗くなった。
「今は、違うんだろ?」
 乾いた喉から言葉を絞り出す。一縷の望みにすがる気持ちだった。額には汗がにじみ、眉はかすかに震えていた。必死であることは一目瞭然だ。
 だが、アンジェリカはそれには答えず、質問を返した。
「相手のこと、言ってた?」
「いや……」
 はぐらかされた。そう思ったが、もういちど尋ね直すことは怖くて出来なかった。
「ひいおじいさまは、どうして私の話を、わざわざジークにしたのかしら」
 アンジェリカは目を細めて広い空を見上げた。ジークは困ったように顔をしかめた。
「それは……」
 少し言い淀んだあと、慎重に言葉を選び答えていく。
「おまえと仲良くすんな……って言うため、だったんだろうな」
「そう、言ったの?」
「そんなようなことをな。でも、俺は……」
「もう、一緒にいない方がいいわね」
 アンジェリカはぽつりと言った。ジークの顔から一気に血の気が引いた。
「おまえ、本気なのかよ!」
 石段から飛び上がるように立ち上がる。
「なんでだよ! まさか、本当に本家を継ぐ気なのか?!」
 アンジェリカは無言で目を伏せた。ジークはこぶしを握りしめ、彼女に詰め寄った。ジャッ、と小石が耳をつんざく音を立てる。
「おまえはそれでいいのかよ。レオナルドか誰かわかんねぇけど、そんな男と……!」
「これは私の問題なの!」
 アンジェリカはよく通る声で、彼の言葉を遮った。そして、凛とした瞳を向け、静かにはっきりと言った。
「ジークは巻き込めない」
「もう巻き込まれてんだよ!」
 ジークはむきになって言い返した。だが、彼女は冷静だった。淡々と言葉を紡いでいく。
「だから、ここで手を引いて。取り返しがつかなくなる前に」
「冗談じゃねぇぞ。絶対に引かねぇからな」
 ジークは奥歯を噛みしめ、低く唸るように言った。
「ジークがいたって何も変わらない。無駄にひどい目に遭わされるだけよ」
「そんなのわかんねぇだろ!」
 ジークは必死に食らいついた。ここであきらめたら何もかもが終わってしまう。そんなふうに感じていた。
 アンジェリカの表情がわずかに揺れた。
「……私が本家を継ぐことを望んでるって言ったら?」
「うそつきって言葉を返してやるよ」
 ジークは彼女の瞳をまっすぐ見つめた。その大きな漆黒の瞳は、次第に潤んでいった。
「ジークは知らないのよ。ひいおじいさまのことを、ラグランジェ家のことを」
「わかってるさ」
 ジークは実感をこめて言った。もしかしたら、アンジェリカよりも——。そう思ったが、口には出さなかった。真摯なまなざしで、じっと彼女を見つめる。
「覚悟は決めてんだ」
 アンジェリカは泣きそうに目を細めた。
「どうして? いつも私のせいで、かぶらなくていい火の粉をかぶって……。私、そんなのもう耐えられない」
「耐えろよ!」
 ジークは彼女の両肩に手をのせ、ぐっと力をこめた。
「少しでも俺のことを思ってくれるなら……」
「何よそれ、むちゃくちゃよ。ジーク、おかしいわ」
 アンジェリカは顔をゆがめ、ゆっくりと首を振りながら、ジークから逃れようとした。しかし、彼は手を緩めようとはしなかった。
「おまえはさっき自分の問題だって言ってたけど、おまえだけの問題じゃねぇ。俺の問題でもあるんだ」
「なに言ってるの? 全然わからない」
「わかれよ!!」
 もどかしげに眉をしかめながら、大声で叫んだ。彼女の肩を掴む手には、無意識に力が入る。食いしばった奥歯から、くっ、と小さく声が漏れた。
 限界だった。
 説得する言葉が見つからない。
「俺は……!」
 耐えかねたかのように、彼女を勢いよく引き寄せた。その小さな背中に手をまわすと、力いっぱい抱きしめた。
「わかれよ……ガキじゃ、ねぇんだろ」
 微かに甘い匂いのする黒髪に頬を寄せ、耳元でつぶやくように言葉を落とした。彼女の華奢な体を、腕に、胸に感じる。あたたかく、そして柔らかい。ジークはさらに腕に力をこめた。
「……ジーク、苦しい」
 アンジェリカは小さくかすれた声を漏らした。ジークははっと我にかえると、あわてて腕を離した。顔を赤らめながら横を向き、うつむいて額を押さえた。
「悪かった……でも、俺、おまえに何を言われても、引く気はねぇからな」
 アンジェリカは眉根を寄せ、彼の横顔を見つめた。ぎゅっと握りしめた手を、胸元に押し当てる。冷たい風が吹き抜け、頬の微熱をさらっていった。同時に、落陽の最後の余韻も掻き消した。

「ジーク、まだ寝てるんですか?」
 リックが驚いて尋ねると、レイラは扉にもたれかかり、困り顔で肩をすくめた。
「寝てるっていうか……きのうずいぶん落ち込んで帰ってきたと思ったら、ごはんも食べないで部屋に閉じこもっちゃって。それきりなのよ」
 リックは眉をひそめて顔を曇らせた。
「僕、様子を見てきます!」
 そう言うなり家に駆け込み、二階へと突進していった。
「ジーク!」
 大声とともに、乱暴に扉を開け放つ。彼は狭い部屋で頭から布団をかぶり、体を丸めていた。
「俺、休む……」
 布団からくぐもった弱々しい声が聞こえた。
「きのう、アンジェリカと何があったの?」
 リックは戸口に立ったままで尋ねた。だが、布団がほんの少し動いただけで、返事はなかった。
「売り言葉に買い言葉で、ケンカをこじらせちゃった、とか?」
「……もっと悪い」
 ジークは布団の中でさらに丸まった。膝を抱え、頭をうずめる。
 ——最低だ。自分の気持ちばかり押しつけた。感情が高ぶっていたとはいえ、あれはひどい。怖がられても嫌われても、当然の報いだ。彼女の曾祖父に引き裂かれるまでもなく、もう口もきいてもらえないかもしれない。そう思うと、いくら後悔してもし足りない。そのくせ、彼女を抱きしめた感触を思い出しては胸が熱くなる。顔が赤くなる。本当に最低だ。とことん自分が嫌になる。
「逃げても解決しないよ。悪いと思うなら、謝らなきゃ」
 リックの言うことはもっともだった。わかってはいるが、そうするだけの勇気はなかった。とても顔など会わせられない。
「ジーク!!」
 リックは勢いよく掛け布団を剥ぎ取った。

 ふたりは遅れてアカデミーにやってきた。もうとっくに授業が始まっている時間だ。それでもジークの足どりは重い。リックは、そんな彼を急き立て、引っ張っていった。
 教室まで来ると、ふたりは後ろ側の扉を開け、身を屈めながらそっと入っていった。教壇のラウルはそれに気づいたが、冷たく一瞥しただけで何も言わなかった。アンジェリカもちらりとジークに目を向けた。ジークは彼女の視線を感じたが、顔を向けることは出来なかった。どんな表情をしているのか、見るのが怖かった。

「どうしたの? ふたりとも。遅刻なんて初めてじゃない?」
 授業が終わるなり、アンジェリカはジークの席に駆け寄った。少し心配そうにしているが、怒ったり呆れたりしているようには見えない。リックは拍子抜けした。ジークの様子からすると、取り返しのつかない喧嘩をしたものとばかり思っていた。なのに、彼女の方はいたって普通で、いつもと何ら変わったところはない。どういうことなのだろうと首を傾げながら、ジークに振り向いた。だが、彼もまた驚いていた。その驚き方はリックの比ではない。ぽかんと口を半開きにしたまま、呆然と彼女を見上げている。
「……あ……きのうのこと……」
 うわごとのように声を漏らす。アンジェリカは後ろで手を組み、にっこり笑って彼を覗き込んだ。
「私ね、ジークのことを、もっと信用することにしたの」
「え?」
 ジークは、近すぎる彼女から逃れようと、上体を後ろに引いた。椅子から落ちそうになり、あわてて背もたれに手を掛ける。
 アンジェリカは顔の前で両方のこぶしをぎゅっと握りしめ、ぐっと気合いを入れた。
「だから、ひいおじいさまに負けないでね!」
「あ、ああ……」
 ジークはわけがわからないまま、彼女の勢いに圧されて何となく返事をした。アンジェリカは不満げに口をとがらせた。
「もうっ! もっと強気な返事を聞きたいわ」
「……絶対に、負けねぇ」
 ジークはぽつりと言った。いまだに状況が飲み込めない。
「ちょっと力強さが足りないけど、まあいいわ」
 アンジェリカは顔を弾けさせて笑った。
「おまえ、なんで……」
 ジークはとまどいながら尋ねた。
「わかれよって言ったのはジークじゃない」
 アンジェリカは当然のように言った。
「それに……」
 真顔でジークを見つめる。そして、肩をすくめるとにっこり笑った。
「私も、本当は、ずっとジークと一緒にいたいもの」
 ぎゅるぎゅるぎゅる——。
 ジークのおなかが派手に鳴った。三人は顔を見合わせた。アンジェリカとリックは同時に吹き出し、くすくすと笑った。ジークの顔は、みるみるうちに真っ赤になっていった。
「そういや、今朝もきのうの夜も、何も食ってなかった……」
「じゃあ、早く行きましょう、お昼を食べに。三回分、食べなきゃね」
 アンジェリカは彼の腕を引っ張った。
「そんなに食ったら、ハラ壊すって」
 ジークは頭を掻きながら立ち上がった。
「ジークなら大丈夫よ」
「おまえ、俺を何だと思ってんだよ」
 ふたりは顔を見合わせて、そんな会話をしていた。いつものように、いつもより近い距離で、並んで歩いている。リックは、事情はよくわからなかったが、上手くおさまった様子なのを見て、ほっと安堵した。
「リック、何してるの? 行きましょう」
 足が止まったままの彼に気づき、アンジェリカは笑顔で呼びかけた。その隣で、ジークは照れたような、ばつが悪いような、複雑な笑みを浮かべていた。
「ごめん、いま行く」
 リックはにっこりと笑って駆け出した。あとで、ジークから詳しい話を聞き出そうと心に決めた。