遠くの光に踵を上げて

番外編 強さの順序

【まえがき】2007年カップル・コンビ投票記念(1位 ジーク&アンジェリカ)で書きました。とてもバカな話なので、軽い気持ちでどうぞ。あんまり真に受けないでくださいね。

「お、おまえら、何やってんだよ……!」
 リックとアンジェリカは、机の上で手を握り、向かい合い、見つめ合っていた。ジークはその光景が信じられず、目を見開き、そのまま固まっていた。
「何って、腕相撲だけど?」
 アンジェリカは不思議そうに首を傾げながら答えた。
「ああ、腕相撲か、そうだよな……」
 ジークは大きく安堵の息をついた。体中から汗が噴き出した。袖口で額を拭う。
「でも、もう駄目だわ。10戦 10敗。勝てる気がしない」
 アンジェリカは口をとがらせ、頬杖をついた。
 10回もやったのか——。
 ジークは腕を組み、面白くなさそうな顔つきでリックを睨んだ。リックはにこにこしながらアンジェリカを見ていた。
「でも、女の子にしては、けっこう強いと思うよ」
「勝てなければ意味がないわ」
「じゃあ、ジークとやってみたら?」
 リックはにっこりとして、ジークに振り向いた。
「お、俺……?」
 ジークは自分を指差し、顔を赤らめてうろたえた。
「やりましょう、ジーク! ジークには絶対に負けないんだから!」
 アンジェリカは急に元気を取り戻し、闘争心丸出しで腕まくりをした。
 リックは立ち上がり、ジークに席を譲った。ジークはわざとらしくため息をつきながら、その席に着いた。
「言っとくが、手加減しねぇぞ」
「当たり前でしょう。そんなので勝っても嬉しくないもの。真剣勝負よ」
 アンジェリカは顔を引き締め、机の上に腕を立ててのせた。ジークは複雑な表情で、同じように腕をのせる。どちらともなく手を取り合い、親指を絡ませ、しっかりと組んだ。
 柔らかい——。
 ジークは彼女の手の柔らかさと指の細さにどきりとした。落ち着け、と思えば思うほど、鼓動は高鳴っていく。
「いくよ、いい?」
 リックは二人の手の上に、自分の手をのせた。
「ええ」
 アンジェリカは顎を引いて構えた。
「用意……始め!!」
 リックは快活に合図をし、パッと手を離した。
「くっ……」
 アンジェリカは渾身の力をこめた。奥歯を食いしばり、目をぎゅっとつむる。
 ジークは余裕で勝てるはずだった。だが、普段は見せない彼女の苦悶の表情、小さな口から漏れる吐息まじりの呻き声に、彼の心は激しく掻き乱されていた。力が入らない。
 や、やべぇ……!!
 圧され気味だったジークは、我にかえると慌てて盛り返そうとして、ぐっと力をこめる。
「あっ……」
 アンジェリカの口から甘い吐息が漏れた。ジークの鼓動は再び強く打った。一瞬、力が抜ける。アンジェリカはそのタイミングを逃さなかった。一気に力をこめ、振り抜く。
 ジークの手の甲が、コツンと小さな音を立てて机に触れた。
「え? 勝った……?」
 アンジェリカは一瞬、信じられないといった表情を見せたが、机に伏せているジークを見て、自分が勝ったことを実感した。顔をパッと輝かせる。
「やったわ!!」
 無邪気にはしゃいだ声を上げると、屈託のない笑顔で、飛び上がって喜んだ。
 ジークは机の上でぐったりとしていた。全身の力がすべて抜けてしまったかのようだった。腕相撲ひとつでこんなに疲れるとは思わなかった。あんなの反則だ——ジークはそう思った。負けを認めたくなかった。だが、彼女があまりにも嬉しそうにしているので、そんなことを切り出す気にはなれなかった。まあ、いいか——笑顔を振りまく彼女を見ながら表情を緩め、小さく息をつく。
「じゃあ、この三人の中では、リックが一番で、私が二番、ジークが三番ね」
 アンジェリカは立てた指で数を示しながらそう言うと、にっこりと笑った。ジークはぴくりと眉を動かした。
「ちょっと待て。なんでそうなるんだよ」
 険しい顔で起き上がる。
「え? だってそうでしょう? リックが私に勝って、私がジークに勝ったんだから」
 アンジェリカはきょとんとして言った。
「やってみなきゃ、わかんねぇだろ。なあ、リック」
 ジークは机の上で腕を立て、人差し指をくいっと引いた。リックを見上げ、挑むように強い視線を送ると、にやりと口元を歪ませる。
 リックの笑顔は引きつっていた。
「やだなぁ、大人げないことはやめようよ」
「なーに言ってんだ。ただの真剣勝負だぜ。ぐだぐだ言ってねぇで、さっさと来いよ」
 ジークの顔はますます凶悪になっていた。
 もう逃れられないと思ったリックは、観念してジークの正面に座った。
「じゃ、私が合図するわね」
 アンジェリカがふたりの手の上に、自分の手をのせた。
「いい?」
「いつでもいいぜ」
 ジークは正面のリックを睨みながら言った。リックは苦笑いした。
「じゃ、いくわよ……せーの、始め!」
 アンジェリカはパッと手を離した。
 ——ダン!!
「いっ……痛ぁ!!」
 瞬殺だった。不必要なまでの勢いで、リックの手は机に叩きつけられていた。手の甲はみるみる赤くなった。リックは痛みに顔をしかめた。
「っしゃー!!」
 ジークは雄叫びを上げ、両こぶしを握りしめた。フン、と鼻を鳴らし、勝ち誇った顔でリックを流し見る。
「どういうことかしら……?」
 アンジェリカは人差し指を口元に当て、きょとんとしながら首を傾げた。