氷の宰相補佐と押しつけられた厄災の花嫁

プロローグ

 神聖な空間に、ステンドグラスの色とりどりの光が降りそそぐ。
 王都のはずれにある小さな教会——その祭壇の前にアイザック・スペンサーは背筋を伸ばして立っていた。隣には彼の腰くらいの背丈しかない幼い少女が並んでいる。すっかり血の気が失せて怯えきった表情をしており、いまにも倒れそうだ。そんな二人が身にまとうのは純白のフロックコートとウェディングドレスである。

 そう、アイザックはこの幼い少女と結婚するのだ。

 後ろの長椅子にはアイザックの家族のみが座っている。両親と弟の三人で、他には誰もいない。少女の家族さえいない。最高位貴族である公爵家の嫡男にしてはあまりにも寂しい結婚式で、異例としか言いようがなかった。本来であれば王都の大聖堂で盛大に執り行われているはずなのに。

「では結婚誓約書に署名を」
 講壇に立つ司祭が、聖書の教えを朗読したあと署名を促す。
 二人の前には台があり、そこに結婚誓約書と万年筆がすでに用意されていた。
 アイザックは腰を屈めながらさらりと夫の欄に署名して、隣に万年筆を差し出す。彼女はビクリとしたものの、おずおずとそれを受け取ると妻の欄に署名していく。その小さな手は見るからに震えていて、たどたどしい。

「夫婦となった二人に神の祝福があらんことを」
 どうにか書き終えた結婚誓約書を司祭が確認して、義務的に口上を述べた。
 バージンロードも、指輪の交換も、誓いのキスもない、必要最小限の結婚式が静かに終わりを告げる。こうして顔を合わせたばかりの二人は形だけの夫婦になった——。