遠くの光に踵を上げて

第33話 説得

「おはよう、アンジェリカ……ってその荷物どうしたの?」
 非常識に大きなリュックサックを背負ったアンジェリカを見て、リックが尋ねた。まるで山登りにでも行くかのような格好である。
「家出、するの」
 不機嫌に低い声で、彼女はうつむいたまま言った。そしてずり落ちそうになったストラップをつかみ、肩を揺らして背負い直した。
「家出……?」
 ジークはきょとんとして聞き返した。アンジェリカは顔を少しだけ上げると、上目づかいでじっと彼を見つめた。
「アカデミーをやめろって言うのよ」
「あ……」
 ジークは小さく声をもらすと、隣のリックと顔を見合わせた。

 サイファからその話を聞かされたのが数日前。ふたりの説得により、もう一度考えると言っていたが、やはり結論は変わらなかったらしい。

「驚かないのね。……もしかして知ってたの?」
 アンジェリカは訝しげに眉をひそめると、下から覗き込むようにして、ふたりを睨み上げた。
 リックはたじろぎ、半歩下がった。
「驚きすぎて声が出なかっただけだよ」
 額に冷や汗をにじませながらも、なんとか取り繕った。ジークも調子を合わせて二度うなずいた。
 しかしアンジェリカは疑いのまなざしをやめなかった。腰に手を当て、身を乗り出し、下から顔をつきつけた。ふたりは内心逃げ出したい気持ちでいっぱいだったが、表面上はぎりぎり平常を保っていた。やがて彼女は「まあいいわ」とつぶやくと、身を起こしてアカデミーへと歩き始めた。ジークとリックも、ほっとしながら、彼女の両側に並んだ。
「そうだわ。どちらかの家に泊めてほしいんだけど」
 彼女は両脇のふたりを交互に見た。
「あー。僕のところはダメかな。親がうるさいし」
 リックは焦りを笑顔で隠し、すばやく言い逃れた。
 ジークはリックを横目で睨みつけた。
「それじゃ、ジークの家にするわ」
 アンジェリカは、さも当然のことのように言った。ジークは疲れたようにため息をつき、がっくり肩を落としながら顔をしかめた。
「『するわ』って言われても困るんだよ。俺んち狭いの知ってるだろ? 布団だってねぇよ」
「気にしないで。ソファで寝るから」
 ジークの迷惑顔を無視して、アンジェリカは話を進めた。ジークは再び大きくため息をついた。
「あのなぁ……。ソファなんて贅沢品、ウチにはねぇよ」
 アンジェリカはそれでも引かなかった。
「じゃ、ジークの隣で寝かせてもらうわ」
「ばっ、バカか!!」
 ジークは顔を一気に上気させた。その隣でリックは声を殺して笑っていた。
「なによ、ケチ!」
 アンジェリカは思いきり頬をふくらませた。そして腕を組み、まっすぐ前を見ると、再び口を開いた。
「いいわ。ラウルのところに泊めてもらうことにする」
 ジークは一気に熱が引いていくのを感じた。
「ていうか、そういう問題じゃねぇ。家出なんてダメだ」
 急に真剣な表情になると、アンジェリカに人さし指を向け、彼女をたしなめた。しかし、それはかえって火に油を注ぐ形になってしまった。
「私がアカデミーをやめさせられてもいいっていうの?!」
 アンジェリカは感情を高ぶらせ、ジークに噛みついた。
「そうよね。ジークにとってはしょせん他人事ですものね!」
 バン!!
 突き放したようにアンジェリカがそう言い終わると同時に、ジークは持っていた自分の鞄を地面に叩きつけていた。
 アンジェリカは驚いて彼を見上げた。
「なんにも知らねぇで、勝手なことを言ってんじゃねぇ。俺は……」
 叫びたい衝動を咽の奥で押さえつけ、ジークはうつむいたまま、かすれがすれに言葉を吐いた。
 アンジェリカは動揺しながらも、反論することはやめなかった。
「私の知らないことって何よ。この間からみんな、誰も、私になんにも教えてくれなくて……。それで何をわかれっていうのよ!! 勝手なのはどっちよ!!」
 今度はジークが驚き、アンジェリカを見た。彼女の、何かに必死に耐えているような悲痛な表情。それは触れるだけで崩れ落ちそうな、そんな脆さを感じさせた。ジークの胸は激しく締めつけられた。
「悪かった」
 静かにそう言うと、彼は叩きつけた鞄を拾い上げた。そしてアンジェリカの背負っているリュックサックを後ろから持ち上げた。
「え?」
「重いだろ。持つよ」
 少しとまどいながらも、彼女は素直にリュックサックから腕を抜いた。
「でも家出はダメだ。逃げたって何の解決にもならねぇだろ」
 ジークはリュックサックを左肩に掛けながら言った。アンジェリカは無言でうつむき、暗い顔で考え込んだ。
「もう一度よく話し合ってみようぜ。俺たちも一緒に行くから、な」
 めずらしく優しい口調でそう言うと、ジークはアンジェリカの肩に手をのせた。リックもうなずいて、反対側から彼女の肩に手を置いた。アンジェリカは硬い表情で小さくうなずいた。
「しかしこれ、本気で重いな。よくこんなものを背負ってここまで……」
 驚き半分、呆れ半分でジークはつぶやいた。

 終業を告げるベルが鳴った。
「今日はここまでだ」
 教壇のラウルは手に持っていた教本を閉じ、バンと机の上に叩きつけるように置いた。それを合図に、生徒たちは帰り支度やおしゃべりを始める。教室はざわめきで満たされていった。
「さあ、気合い入れるか」
 小さく独り言をつぶやいて、ジークは自らを奮い立たせた。その勢いで、教本を鞄の中へ乱暴に放り込むと、急いで席を立った。
「アンジェリカ」
 そう呼び掛けた先の彼女は、椅子から立ち上がり、教壇をじっと見つめていた。そこにいるのは、もちろんラウルである。
「俺たちじゃ頼りにならねぇか?」
 ジークは少しムッとしながら尋ねた。アンジェリカはそれでもラウルから目を離さなかった。
「簡単なことじゃないのよ」
 前を向いたまま、彼女は小さな声で言った。
 ラウルは視線を感じたのか、彼女の方へ振り向き歩き出した。ジークは向かってくるラウルを睨みつけた。しかし彼は全く意に介していないようだった。
「私に何か用か」
 ラウルはアンジェリカの前にひざまづき、彼女と目線を合わせた。アンジェリカは無表情で小さく首を横に振った。
「また、今度ね」
「……そうか」
 ラウルは何か言いたげなアンジェリカの表情を察していたが、それ以上の追求はしなかった。彼は静かに立ち上がると、教室をあとにした。
「もし今日の説得が失敗したら、そのときはラウルに頼むけど……怒らないでね」
 ラウルがいた辺りに視線を残したまま、アンジェリカは抑揚のない声で言った。ジークは何も言葉を返すことが出来なかった。

「さーて、乗り込むか」
 アカデミーの門から出たところで、ジークは右のこぶしを左の手のひらにパチンと打ちつけて気合いを入れた。アンジェリカの大きなリュックサックをジークが背負い、そのかわりにジークの鞄をアンジェリカが持っていた。
 ジークはストラップをぐいと引っ張り、背中を揺らして背負い直すと、口を真一文字に結び、アンジェリカの家の方角をきつく睨みつけた。ジークの迫力に圧倒され、リックは少し引きぎみに苦笑いした。
「今からそんなに張り切ってると、着く頃には疲れちゃうんじゃない?」
「なに言ってんだ。おまえも気合い入れろよ。そんなことじゃ勝てねぇぞ!」
 弱気なリックの鼻先に人さし指を突きつけて、眉間にしわを寄せた。リックは笑顔を張りつかせたまま一歩下がった。勝ち負けの問題じゃないのにと思いながらも、あえて口には出さなかった。
「おまえもだぞ」
 今度は少し穏やかな声で、後ろのアンジェリカに振り向いた。
「わかってるわ」
 ジークと目を合わせることなく、アンジェリカは硬い表情で静かに言った。

「こんにちは——」
 明るい声が3人を不意打ちした。振り返るとそこにはレイチェルが笑顔で立っていた。右手を顔の横で広げ、小さく左右に振っている。
 彼女は合格発表の翌日から、毎日のように現われていた。初めは「用があった」という彼女の言葉を信じていたが、こんなにも続くのは不自然である。アンジェリカを迎えに来ているのだということは、もはや明らかだった。
 しかし、ジークもリックも、そしてアンジェリカも、それについて尋ねることは出来なかった。
「一緒に帰りましょう」
 レイチェルはにっこり笑いかけた。しかしアンジェリカは目を伏せて、頬をふくらせた。
「家出するって言ったのに……」
「あら、本気だったの?」
 レイチェルは笑顔で受け流した。
「あの」
 ジークはとまどいながらも声を掛け、ふたりに割って入った。レイチェルは大きくまばたきをすると、にっこりとしてジークに顔を向けた。そして首を少し傾げ、話の続きを促した。ジークは頭に血がのぼっていくのを感じた。
「あ、え……と。今日は俺たちも一緒に行きます。サイファさんを説得……じゃなくて……えーと、話したいことがあるんです」
「とても大事なことなんです」
 隣からリックがつけ加えた。
「サイファは今日は遅くなるかもしれないけど、それでも良いかしら」
「待ちます」
 ジークは間髪入れずに答えた。

 ジークとリックは、アンジェリカ、レイチェルとともに、彼女たちの家へ行った。サイファの帰りが遅いということで、レイチェルに勧められ、ふたりは夜ごはんをご馳走になった。
 そのあと、サイファを待ちつつ、アンジェリカの部屋で勉強を始めた。丸いローテーブルに3人が等間隔に座り、それぞれ本やノートを広げ、無言で読み進めていた。ときおりページをめくる音だけが部屋に響く。ジークは落ち着かない気持ちになりながらも、ふたりの邪魔をしないように、なるべく本に集中しようとしていた。
 しばらくそうやって勉強していたが、やがてリックがそわそわし始めた。こっそりと、だが何度も腕時計を目にしていた。
 彼のそんな様子にジークが気づいた。
「帰ってもいいぜ」
 リックは迷いながら目を伏せたが、少し考えて「うん」とうなずいた。そしてアンジェリカに目を向けると、申しわけなさそうに眉をひそめ「ごめんね」と謝り、慌てて机の上のものを鞄にしまい始めた。

 ふたりはリックを見送ったあと、再び座って本を広げた。
「リック、どうしたの?」
 アンジェリカが尋ねた。ジークは一瞬ためらったが、やがて口を開いた。
「……こないだ母親が倒れたらしいんだ。あいつはあいつでいろいろ大変みたいだぜ」
 思いもしなかった言葉に驚き、アンジェリカは目を大きく見開いてジークを見た。しかしすぐに目を細めて気弱にうつむいた。
「おまえが気にすることはねぇよ。無理に連れてきたわけじゃないんだし」
「うん……でも、大丈夫なの? お母さんは」
 彼女は不安そうに尋ねた。ジークは机にほおづえをつき、顎を上げると、どこか上の方を見やった。
「どうなんだろうな。俺、向こうの親とはあんまり親しくしてねぇんだ。俺のことあんまり良く思ってねぇみたいだし」
「どうして?」
 アンジェリカはそう尋ねながら、気がついた。リックの両親のことが話題にのぼったことは、今までほとんどなかったということに——。
「俺、ガラが悪いし、不良だと思われてんだ」
 ジークはほおづえをついたままアンジェリカを見ると、笑いながらそう言った。彼女にはその笑顔がどこか寂しげに見えた。
「ま、思い当たる節もいろいろあるんだけどな。あいつんちの窓ガラス3枚くらい割ったし、壁に穴も開けたな。あ、わざとじゃねぇぞ」
「……ウチは壊さないでよ」
 アンジェリカは呆れ顔で言った。

 そのとき、外でガタンと音が鳴った。続いて、話し声がかすかに耳に届いた。アンジェリカとジークは顔を見合わせた。
「行くか」
「策はあるわけ?」
「気合いだ」
 アンジェリカは不安を感じながらも、ジークとともに部屋をあとにした。

 サイファは驚きもせず、ジークを暖かく迎えてくれた。
「来ると思っていたよ」
 疲れも見せずにっこり笑って、ジークにソファを勧めた。その後ろでレイチェルも穏やかな微笑みを浮かべていた。ふたりの雰囲気に飲み込まれないよう、ジークは精一杯気持ちをとがらせた。
 ジークとサイファはほぼ同時に腰を落とした。ふたりはテーブルを挟んで向かい合せになっている。アンジェリカはジークの隣にちょこんと座った。そして、空いていたサイファの隣に、レイチェルがゆっくりと腰を下ろした。
「さて、ジーク。察しはついているが、君の話を聞こうか」
 一見、穏やかな表情に見えたが、その瞳は鋭く、真剣さをうかがわせた。
 ジークはまっすぐに見返した。
「アンジェリカはアカデミーをやめたくないと言っています。家出までしようとしていました。それなのに、何の説明もなくやめさせるのはあんまりではないですか?」
 これではほとんどこの前と同じことを繰り返しているだけだ……。ジークは歯がゆかった。しかし、口下手なジークに、上手い説得の言葉など、そう簡単に出てくるわけもない。
「子供の危険をあらかじめ回避するのが親の役割なんだよ」
 サイファは優しく、だがきっぱりと言った。
「それは……だから……俺がなんとか守ります」
 ジークは隣を気にしながらも、サイファから目をそらさずに、まっすぐ言葉をぶつけた。
 アンジェリカは驚いて隣のジークを見上げた。それから緩やかにうつむくと、だんだんとこそばゆいものがこみ上げてきた。とまどった表情の中に、彼女は微かな笑みを忍ばせた。
「だが、君には君の本分がある」
 サイファの声で、アンジェリカは現実に引き戻された。
「アンジェリカのボディガードではない。常にアンジェリカのまわりに気を配るというわけにもいかないだろう。例えば、女子トイレにまでついていくことは出来ない——」
「お父さん!!」
 アンジェリカは叫んだ。サイファはセリカの事件を指して言っているのだと、そこにいる全員がすぐにわかった。ジークは何も返すことが出来ず、うつむいて押し黙った。
「すまない。君を責めているわけではないんだ。だが、事実だ」
 サイファは短くとどめを刺した。ジークはまるで冷たい手で心臓を掴まれたかのように感じた。声などとても出なかった。
「その間は私が気をつけるわ。隙なんて見せない」
 横からアンジェリカが強気に言い放った。強い光を込めた目で、サイファを挑むように見つめている。
「いいことを思いついたわ!」
 突然、レイチェルが緊張感を融かすようなはしゃいだ声をあげた。
「ボディガードをつけるというのはどうかしら?」
「嫌よ! 私は普通に学園生活がおくりたいの!」
 アンジェリカは即座に言い返した。レイチェルは娘の反撃にしゅんとしておとなしくなった。
「……ねぇ」
 アンジェリカは一息つくと、再びサイファに顔を向けた。サイファはゆったり構え、彼女の次の言葉を待っていた。
「生きていくって、誰でも多少の危険は伴うものなんじゃないの? ふたりとも過保護だと思うわ」
「アンジェリカ、多少ではないよ。おまえの場合」
 サイファは優しく諭すように言った。しかし、アンジェリカは納得しなかった。
「だから! それがなんなのかわからないのよ!!」
 いらついて叫ぶアンジェリカを見て、サイファの表情は、一瞬、曇った。しかしすぐにポーカーフェイスを装うと、話を続けた。
「おまえは分家の連中に良く思われてはいない。わかるだろう?」
「……ユールベルって子なんでしょう?」
 アンジェリカは静かにそう言うと、周りの反応をうかがった。しかし誰も口を開かない。レイチェルはうつむき、ジークはサイファの様子をうかがっていた。そして、そのサイファはアンジェリカをまっすぐ見つめていた。
 アンジェリカはごくりと唾を飲み込んだ。
「何を隠しているの……? 本当に、本当に、どうして……。もう、いいかげんにしてよ!!」
 初めは静かに切り出したが、次第に感極まっていった。言葉もまともに出てこない。最後にはただわけもわからず叫ぶだけだった。
 それでも他の3人には動きはなかった。
 アンジェリカはふいに自分以外の世界が止まってしまったかのような感覚にとらわれた。
「アカデミーに入る前までは、私はほとんど部屋の中でひとりで過ごしていた」
 独り言のようにつぶやき始めると同時に、虚ろにソファから立ち上がり、彼女はゆっくりと歩き始めた。
「それが私にとっては当たり前だったし、別に寂しいとは思っていなかった。……でも」
 そこで足を止めくるりと振り返ると、大きな瞳でジークを見つめた。
 ジークの鼓動はドンと強く打った。
「外の世界を知ってしまったから、もう今さらあんな孤独な生活に戻れない。ガラスの中のお人形にはなりたくないの」
 アンジェリカは視線をレイチェルへ、それからサイファへと流した。
「どうしてもアカデミーをやめさせるっていうのなら……」
 彼女はゆっくりと大きく瞬きをした。
「私、死ぬわ」
 落ち着いた声。だが、決意を秘めた激しい瞳。それは彼女が軽い気持ちで言っているのではないということを表していた。
「アンジェリカ! 落ち着いて! 別にアカデミーをやめたからって、ジークさんたちと会えなくなるわけでもないのよ。ジークさん、会いに来てくださいますよねっ?」
 レイチェルは急いでジークに同意を求めた。
「そ、そうだぞ! 早まるな! な?!」
「ちょっとジーク! 両親を説得しに来たんじゃなかったの?!」
 アンジェリカは驚いた声をあげながら、半分呆れていた。
「あ、いや……その……。とにかく死ぬなんてダメだ。な?」
 ジークはしどろもどろになりながら、それでもなんとか思いとどまらせようと必死に訴えかけた。

「わかった。私たちの負けだ」
 今まで冷静にことの成り行きを見守っていたサイファが、突然「負け」を宣言した。
「ここで頑固に突っぱねて、肝心のアンジェリカを不幸にしてしまっては、本末転倒だからね」
 サイファはそう言うと、アンジェリカににっこり笑いかけた。

「サイファ……」
 彼の唐突な方向転換に、レイチェルはとまどいを隠せなかった。
「もうこうする以外に術はないよ。誰に似たのか頑固だからね、あの子は」
 そう笑ってサイファは肩をすくめた。
 しかしレイチェルはまだ不安そうに顔を曇らせている。
「それに、私たちの不安は単なる邪推かもしれない、だろう?」
 サイファは彼女を安心させるように、優しく耳打ちをした。それから真剣な目になると、ジークに向き直った。
「頼んだよ」
 ジークはずっしりとのしかかるものを感じながらも、それに負けないよう背筋を伸ばした。

 アンジェリカはジークを玄関先まで見送るために、彼とともに外へ出た。外はすっかり暗くなっている。冷たい風がふたりの髪を揺らした。
「死ぬ気なんて、なかったんだろ」
「本気だったわよ」
 お互い前を向き、視線を合わせないまま、淡々とした口調で言った。
「だとしても、二度というなよ、あんなこと。……卑怯だぞ」
「卑怯?」
 アンジェリカはジークの横顔を見上げた。しかしジークは無言で門に向かって足を進めた。アンジェリカもその横について歩いた。
「人質とって脅すヤツらと変わんねぇだろ」
 ジークは歩きながらぼそっと言った。
 アンジェリカはうつむいた。何も言い返すことはできなかった。ジークの言うことはもっともだった。でも……じゃあ、どうすれば良かったの? アンジェリカはやりきれない思いを抱えていた。
 カラン——。
 ジークは門の留め具を外すと、すぐに外へと出た。アンジェリカは一瞬ためらい手を止めたが、やがて内側から留め具を元に戻した。
「何の役にも立てなくて……悪かった」
 彼女に背を向けたままそう言うと、ジークは歩き始めた。
 アンジェリカは門扉の格子を両手で掴み、顔を近づけると、外に向かって叫んだ。
「私、嬉しかった! 私のことを守るって言ってくれて!!」
 ジークは振り返ることなく、遠くで右手を上げた。次第に小さくなる彼の姿は、やがて闇に掻き消されていった。
 アンジェリカは門に張りついたまま、ずっと彼の背中を見送った。