「ジークとアンジェリカが押しかけて来たんだって?」
サイファはノックもせず医務室に入って来ると、おかしそうにそう言って、くくくと笑いながらパイプベッドに腰を下ろして両手をついた。清潔な白いシーツに大きく皺が走る。
「一家庭教師として、って随分格好いいじゃないか」
サイファの笑いはまだ止まらない。レイチェルが言ったのか、アンジェリカが言ったのかはわからないが、先日の出来事をすべて知っているようだ。背を向けたまま無視を決め込んでいたラウルも、さすがに耐えきれなくなり、肩越しに刺すような鋭い眼差しで睨みつけた。
「文句があるなら言え」
「感謝しているんだよ、アンジェリカを安心させてくれて」
サイファは肩をすくめて両の手のひらを上に向けた。その態度や表情を見ると、真面目に答えているのではなく、茶化しているようにしか思えない。もっと言えば、嫌味なのかもしれない。ラウルは机に向き直って深くうつむき、低い声で言う。
「言ったことに何も嘘はない」
「ああ、言ったことにはね」
「……非難しているのか?」
「まさか、今さら」
サイファは軽くそう答えると、ベッドから立ち上がった。カツカツと靴音を打ち鳴らしながら、奥へ歩いて行き、薄クリーム色のカーテンとガラス窓を大きく開け放つ。瞬間、目映い光が大きく広がり、昼下がりのあたたかい風が滑り込んできた。長くはない金髪がそよいで、キラキラと鮮やかな煌めきを放つ。
「ずっと、レイチェルに恋い焦がれていればいいさ」
彼は両手を窓枠に掛け、澄み渡った青空を仰ぎ見ながら言う。
「そうすれば、いつまでもおまえを苦しめることができる。それに……」
そこで言葉が途切れた。
サイファはゆっくりと半開きの口を閉じる。ラウルも聞き出そうとはしなかった。聞かずとも、サイファが何を言おうとして、なぜ言わなかったのか、そのくらいのことはわかった。
柔らかな光が大きく揺らぐ。
二人の間には、風をはらんではためくカーテンの音だけが流れていた。