当国のサイラス第二王子と隣国のアンジェラ姫が、今日、婚姻を結ぶ——。
結婚式は、歴史ある荘厳な大聖堂で執り行われる。
しかしながらアイザックとアリアは出席できない。シェフィールド公爵家を代表して両親が出席するためだ。正式な国の行事となれば公爵夫妻が出るのは当然といえる。たとえアイザックが第二王子の友人だとしても。
窓越しに空を見上げると、この結婚を祝福するかのように鮮やかに晴れ渡っていた。
太陽の第二王子——占いなど信じていないが、その二つ名が思い浮かんでしまうのは致し方ない。国民はきっと空を見上げながら胸を躍らせているのだろう。祝賀ムードが盛り上がるのは願ってもないことだ。
「お待たせしました」
澄んだ声が背後から響く。
振り向くと、支度を終えたアリアがにっこりと笑みを浮かべて佇んでいた。濃紺を基調とした華やかでありながら品のあるドレスをまとい、アイザックがプレゼントした髪飾りと耳飾りを身につけ、胸元にはチェーンを通したプラチナの結婚指輪が揺れている。こころなしかいつもより大人びて見えた。
「いいお天気でよかったですね」
「ああ……」
彼女は隣に並び、雲ひとつない青空を見上げてふふっと笑った。
アイザックの衣装も彼女のドレスに合わせて濃紺だ。おそらく母の見立てだろう。色も意匠もいかにもおそろいといった感じで、いささか気恥ずかしくはあるが、夫婦なのだから別におかしなことではないはずだ。
「そろそろ出るか」
「はい!」
アリアは振り向き、楽しみでたまらないとばかりに声をはずませる。小花をモチーフにした髪飾りと耳飾りがキラリと光り、胸元まで伸びた純白の髪がさらりと揺れた。濃紺のドレスとのコントラストも美しい。
アイザックはそっと目を細め、彼女を優しく促しながら並んで居間をあとにした。
「お待ちしておりました」
馬車で向かったのは王都中心部にある宝飾店だ。
裏口に乗り付けると店主夫妻が直々に出迎えてくれた。最初はいかにも接客というような微笑を浮かべていた店主だが、アリアを目にすると無言のまま小さく息をのみ、それからやわらかく表情をゆるめた。
「よくお似合いでございますね。奥様のようなお美しい方の装飾品を作らせていただけて、わたくしども宝飾店として冥利に尽きます」
「ありがとうございます。髪飾りも耳飾りも本当に素敵で、とても気に入っています」
すこし照れたようにアリアは応じる。
そう、ここはアリアの髪飾りと耳飾りを注文した店なのだ。実際にアリアが身につけているところを目にして、夫妻ともども感動したのだろう。二人の瞳のかがやきが何よりも雄弁に物語っている。
「お席は二階に用意しております」
「感謝する」
丁寧に案内されて、二階の窓際にしつらえられたソファ席に並んで座った。その正面が窓になっており、たくさんの人々が集まった賑やかな大通りが見下ろせる。
「いかがでしょうか」
「ああ、よく見えるな」
「お茶をお持ちします」
店主は恭しく一礼してから下がった。
今日、アイザックたちが来たのは第二王子の結婚パレードを観覧するためである。ルートとなっている大通りにこの宝飾店が面していたので、店主に二階を借りられないか打診したところ、快く応じてもらえたのだ。
もっともアイザック自身にはそこまでして見たいという気持ちはなかった。ただ、アリアは年頃の少女ゆえか王子と姫の結婚式に憧れがあるようなので、せめて結婚パレードだけでも見せてやりたいと思ったのだ。
「大聖堂の結婚式、きっと厳かできれいだったんでしょうね」
隣の彼女はどこかうっとりとしながらつぶやく。
見られなかった結婚式にあれこれと思いをめぐらせているだけで、他意はないのだろう。しかしながらアイザックとしてはどうしても負い目を感じてしまう。
「すまなかった」
「えっ?」
謝罪が口をつくと、彼女はきょとんとして不思議そうに振り向いた。その視線から逃げるようにアイザックはすっと目をそらす。
「わたしたちの結婚式はひどく簡素なものだった」
「あ、いえ、きれいなドレスを着せていただきましたし、教会も小さかったですけどステンドグラスとか素敵だったと思いますし……というか、緊張しすぎてあのときのことはあまり覚えていなくて」
苦笑するアリアを見て、そういえば簡素とか以前の問題だったことを思い出した。
あのとき彼女は故郷から無理やりさらうように連れてこられて、問答無用で結婚させられたのだ。緊張というより恐怖を感じていたのだろう。血の気が失せて怯えきっていた幼い彼女の顔が脳裏によみがえる。
「本当にすまなかった」
「アイザック様のせいではありませんから」
「…………」
結婚そのものについてはアイザックのせいではないが、実際、あのときのアイザックの態度はひどかった。何もわからない幼い彼女をもっと気遣うべきだったのに。いまさらではあるが申し訳なく思う。
だが、彼女が気まずそうにしているのでこれ以上は言わなかった。こんなところで話すようなことでもないだろう。無理やりの結婚だったが、いまは少なくとも嫌がられてはいないはずだと信じている。
「お茶をお持ちしました」
店主の妻が紅茶を淹れてきてくれたので、二人でそれを飲む。
そのとき急に外のざわめきが大きくなり目を向けると、騎士が配置につくところだった。パレード待ちの群衆のほうに体を向けて等間隔に並び、威圧的に周囲を見張り始める。ほかにもそこかしこで騎士が歩きまわっているのが見えた。
「こんなに警備のひとがいるんですね」
「何かあるといけないからな」
貴族でも平民でも誰でも自由に見られるようになっているがゆえ、どうしても警備は厳重にせざるを得ない。あくまで少数派ではあるが、結婚阻止を標榜した反グレンシュタイン勢力もいるのでなおのこと。
それでもパレードは必須だ。
民衆に隣国グレンシュタインとの友好をアピールするために——それが政略結婚の目的のひとつなのだから。華やかに見えるが命懸けの公務である。アリアに心配をかけたくないのでそこまでは話さないが。
「ショーン様も警備についているのですよね?」
「あいつはサイラスの近くにいるはずだ」
弟のショーンは骨折完治のあとリハビリに励み、先日、団長のお墨付きをもらって第二王子の護衛に復帰していた。今日もおそらくサイラスのすぐそばで警護しているのだろう。
わあっ!!!
遠くで歓声が上がった。
パレードが始まったらしい。ここからはまだ見えないが、すでにアリアはティーカップを置いてわくわくしながら待っている。そのうちだんだんと歓声が近づいてきたかと思うと、ついに視界がパレードを捉えた。
「わあっ……!」
色とりどりの花で飾られた屋根のない豪奢な馬車には、第二王子と妃が並び、一点の曇りもない晴れやかな笑顔で群衆に手を振っている。
第二王子のサイラスは儀礼服だからかきりりとした印象だ。妃はワインレッドの髪をした華やかな美人で、十六歳とのことだが遠目にはもっと大人びて見える。すっきりとしたラインのウェディングドレスがよく似合っていた。
馬車が正面に差し掛かると、サイラスがここにいるアイザックたちに気付いたらしく、かすかに表情をゆるめて手を振ってきた。アリアは驚いたようだが、すぐにパッとうれしそうに顔をかがやかせて手を振り返した。
「サイラス様、わたしたちに気付きましたよね」
「ああ」
一瞬だが、間違いなく目が合った。
ここから観覧することは、あらかじめしかるべきところに届けを出していたため、もしかしたらサイラスも知っていたのかもしれない。緊張の中、アリアの姿を目にしてすこし気持ちがやわらいだのではないかと思う。
しかし彼はすぐさま公務に戻った。『太陽の第二王子』の名にふさわしい晴れやかで華々しい笑顔をまわりに振りまいて。祝福の声を受けながら屋根のない馬車はゆっくりと進み、やがて視界から消えた。
「とっても素敵でした!」
歓声が遠ざかる中、アリアは両手を組み合わせて興奮冷めやらぬ様子だ。
「サイラス様っていつもは親しみやすい雰囲気ですけど、儀礼服だと凜々しくて、やっぱり王子様なんだなっていまさらながら実感しました。お妃様はそんなサイラス様と並んでもまったく引けを取らなくて、本当にお似合いでした。お美しくて、凜としていて、華やかで、堂々としていて、格好良くて……わたしにはないものばかりで憧れてしまいます」
アイザックとしては彼女も十分すぎるほど美しいと思うが、妃とは系統が違うし、自分の持たないものに憧れるというのはよくあることだ。否定はせず、黙って耳を傾けながら若干ぬるくなった紅茶を口に運ぶ。
「お二人とも、幸せになれるといいですね」
「……ああ」
アリアはうっすらと薔薇色に頬を上気させたまま、パレードの馬車が進んでいったほうにあらためて顔を向けて、やわらかく目を細めた。ここからはもう見えなくなった二人に思いを馳せるように。
君自身は、どうなんだ——。
アイザックは静かにティーカップを置いて、横目で窺う。
いまはそれなりに好意を持ってくれていることはわかっている。そこに関しては疑っていない。だが大人になって本当の夫婦になっても、アイザックと結婚してよかったと思ってくれるだろうか。
その答えは、いまはまだ彼女にも誰にもわからない。
紅茶を飲んでほっと一息つく彼女の姿を見ながら、アイザックはそう思ってもらえるよう努力していこうとあらためて決意し、そしてそんな幸せな未来が訪れることをひそやかに祈るように願った。